小さな万年筆店で
長年にわたり、万年筆を愛好してきました。
万年筆を使って字を書くのも好きだし、万年筆を買うこと、集めることも好きという、コレクター的な側面もある程度持っていたと自覚しています。
これからも、字を書くこと、文章を書くことを楽しんでいきたいと思っています。
だけど、万年筆を買い集めることは、もうやめようと思います。
今までにも、「もういい加減、万年筆を集めるのはやめよう」と思ったことは何度かありました。
購入頻度は少し落ちたものの、やめられずにズルズルと蒐集を続けていたわけです。
しかし先日、やっぱりもうやめた方がいいなと考えさせられるようなことがありました。
今度という今度は、某万年筆メーカーに対しても、そして未練がましい自分に対しても、本気で引いてしまったのでした。
知ってしまった裏事情
先日、市内の老舗万年筆専門店を訪ねました。
以前に買った万年筆が、どうも書き味が悪く、某調整師の方に調整してもらった後も、インクは出るんだけど書き味がガリガリと摩擦抵抗がひどく、字を書いてもまともな字形がとれないほどでした。
現在、無料ペンクリニックが開催されるような都会に住んでいないし、開催に合わせて県外へ旅行するような風潮でもない。
そんなわけで、思い切って地元の専門店を訪ねた次第です。
そこでの調整は有料だけど、交通費を出して県外のペンクリニックへ行くよりは安いです。
文房具専門誌に取材記事が載ったこともあるお店なので、有名店なのかもしれません。
ネットの評価には、「悪いメーカーは悪いとハッキリ言ってくれる店」というような話が書かれていました。
さて。
お店に入って、接客してくださったのは、奥様(とおぼしき女性の方)でした。
95歳というご主人は、お店の奥にずっと座っておられました。
わたしが取り出した万年筆を見て、奥様は、
「ああ、XX社(メーカー名)か……」
と、なんだかうんざりしたような様子です。
そして、その万年筆で試し書きをしながら、
「ああ、でもこれは、XX社にしてはいい方ですよ」
と言うのです。
「これでもXX社にしては、まだいい方」「だいぶマシな方」と、何度か言われました。
そう言いながらも、ガリガリするという点はわかっていただけて、
「1日ほどお預かりさせていただければ、見違えるような書き味にいたしますよ」
と言っていただけたので、直してもらえるんだ、と一安心。
それにしても、わたしが持ち込んだ万年筆のメーカーに対しての、奥様の思いは相当複雑らしいというのが見て取れました。
奥様によると、そのメーカーは世襲制で今は3代目なのかな?初代の社長はよかったけど、今は……とのこと。
そもそもそのメーカーの万年筆のペン芯は、このお店のご主人が考案されたらしい。
そういうようなこともあって、初代との関係は良かったようです。
しかし今は、たとえばペン先について、こうした方がよいといった助言をしても、全然聞いてもらえないのだそうです。
そのメーカーの万年筆は、修理依頼が多い。
つまりお客様が満足していないことが多い。
なのに、メーカーは改善しようとしていない。
といったお話でした。
他にもいろいろなことがあったのでしょう。
以前はそのメーカーの商品を非常に多く取り扱っていたそうですが、今はもう取り扱いをやめた、と言っておられました。
チラッと店内を見回しましたが、事実、そこの製品はまったく置いてありませんでした。
……なんか、地雷的なメーカーの品を持ち込んでしまったようです。すみません。
と、心の中で謝ったけど、別にそこのを持ち込んだことに対して、お店の人は怒ったり不快に思ったりしているわけではなさそうでした。
ただ、「ああ、またXX社か」というような感じでした。
個人的本音
問題のこのメーカー、世間での評判はいいようです。
文具通でおなじみの人も、本やブログでこのメーカーの万年筆を絶賛していますし、SNSでもそこの万年筆は愛用者が多い。Amazonでの評価も高い。
それに、わたしが信頼している万年筆調整師の方も、このメーカーのエントリーモデルを推奨しています。
だけど、わたしのごく個人的な経験上では、
「ここの万年筆って、わたしとはなんか相性悪いのかなあ」
と思うようなことが何度かありました。
調整をしてもらったにもかかわらず、その後いつまでもなめらかに書けなかったXX社製万年筆が、実は他にもありました。
相性の問題なのか。
たまたまハズレ個体を引いてしまったのか。
その反面、当たりを引いたこともありました。
なので、当たり外れは単なる運なんだろうと思ってました。
それに加えて、わたしの書き方とか握り方とかと、どこか合わないところがあるのかも、とも。
そんな感じだったので、ここの万年筆に対しては、微妙に警戒しつつも、軸がきれいだったりするとつい買っちゃうんですよね!スミマセン!それが蒐集癖というヤツなのですよ。
……と。
そんな調子で万年筆蒐集をやってきたんですが。
今回、この老舗万年筆店の方にお話を聞いて納得してしまいました。
このメーカーの商品を絶賛する文具通やブロガーたちと、わたしの使用感との間には、大きな隔たりがある。
だけど、このお店の人のお話とわたしの使用感には、隔たりはなく、ピタリと一致した感じ。
謎のスッキリ感。わたしの感覚は間違ってなかったんだ的な。
というわけで。
わたし的には、この老舗万年筆店の話に共感したのですが、これはあくまで個人の感想です。
そのメーカーの万年筆を愛用されている方にとっては、地方の一店舗の不満などどうでもいい話なのでしょうし、「好きで買ってるんだし、自分的には何の問題もないし、気に入っていて不満はない」という人も多いのでしょう。
たまたまわたしが過去にハズレを引いていて、微妙にわだかまっていたことが、お店の人の話に符合したというだけの話です。
あのメーカーの万年筆を愛好している人たちは、あんなに何本も所有しているけど、たまたま当たりばっかりだったのかもしれない。
どんなペンでも使いこなす能力のある人たちってことかもしれない。
とにかく、SNSとか雑誌とかで人が絶賛しているからといって、本当に
それを買えば幸せになれるとは限らない。
という、まあ、当たり前といえば当たり前のことを改めて思ったのでした。
人が魅力的な万年筆を使っているのを見れば、自分もほしくなる。
人がそれを褒めていれば、よいものに違いないと信じ込む。
そういう傾向が、自分は強すぎたなあと反省しました。
そんな自分に対して引いちゃったし、今回のことで、なんかもう本当にいろいろ嫌になってしまった。
SNSや紙媒体で、絶賛されて購買意欲をあおられても、もうあおられて買うのはやめます。
もう、良い万年筆をたくさん買ったので、これ以上必要はないと思います。一生分そろえました。
最後に良いお店に出会えてよかったです。