宇宙手帳

広く日常。

家と人と

運転中に見かけて気になっていたおたふく窓の家とか、以前から昭和家屋の匂いが漂ってそうで気になっていた路地とかを観察しに行ってきました。

今日は諸事情によりデジカメで。

そしてなぜかモノクロモードになっていたので、そのまま撮ってきました。

これが運転中に見つけたおたふく窓の家です。
歩いて近寄るとますます風情があります。

↑↑ 反対側。
両面おたふくだった。


この付近には、このような物件が多数ありました。

人が住んでいるのかいないのか。

最初に載せたおたふく窓の家は、カーテンがしまっているようなので、人が住んでいる気配がないでもない。
でも、空き家のような家も多かった。

空き家とか廃墟などは、被写体としてすでに市民権を得ている感もあり、まあ嫌いではないんですが、個人的な趣味としては、人が住んでいる古い家屋というのが理想的です。

外から眺めて、素敵な家だなー、どんな人が住んでいるんだろうなー、と妄想するのが楽しいので。


それが廃墟だと、中の人を想像する余地が削られるのですよね。

「家は人が住まなくなるとすぐ荒れる」と聞いたことがあります。
いっそ住んであげたくなることも多いです。


おまけ

お寺の掲示板。
人生訓みたいな格言みたいなのが多い中、ちょっと一味違うのを見つけました。

梅の木のある家

また、素敵な物件が姿を消しました。


この家。
とてもとてもお気に入りでした。

イチ推し物件だったといっても過言ではありません。


以前このブログでも「明治の文豪が中から出てきそう」とか書いた覚えがありますが、一度だけこのおうちの人が玄関から出てきたところを目撃したことがあります。
80歳くらいの、品のよいおばあちゃんでした。

玄関わきに梅の木があって、春になると小さな花が咲いて、この家がますます素敵になりました。


最後にこの家の前を通った時も、

「いつ見てもいい家だなあ」

と思うと同時に、

「春になると梅が咲いて最高なんだよな。春になったらまたカメラ持ってこよう。
春が待ち遠しいな」

と思いながら眺めていたのでした。
それがつい先日のことでした。


次にそこを通った時には、工事の覆いがされていて。
今日も通ったのですが、もう建物はありませんでした。

本当にさびしい。

この冬が去って春が来ても、この家も梅の木もないなんて。
撮った写真を見て、毎年この家のことを思い出すのでしょう。