宇宙手帳

広く日常。

旅と旅行

「旅」と「旅行」の違いって何なんでしょうね。
人によっては、「旅行」は見物を伴う移動行為で、「旅」の方は何か精神的な収穫を伴う移動行為…と定義しているようです。
あるいは別の人は、「旅行」は出来合いのツアーで、「旅」は自力で作り上げるツアーだ、という考えのようです。


申し訳ないんですが、わたしは旅と旅行をほとんど区別してません。
見物のつもりで行って何か精神的な成長をする人もいるだろうし、自分で計画した旅より出来合いツアーの方が得るものが多い場合だってあるだろうし。
大事なのはスタイルではないんだし、旅行と旅、敢えて使い分けるなら語呂?くらいな感覚ですので、わたしは混同して使っています。統一もしてません。

旅エッセイストの前川健一さんが好きなんですが、前川さんも「旅と旅行は同じ意味で使っている。区別していない」と言われていて、ちょっと安心したものです。違いにこだわる人ほどいい旅をしている、とは限らないんだなと思って。


わたし自身、海外旅行に行く時は、ツアーに参加したり自力だったり、現地人の家にホームステイだったりといろいろです。
今度のローマ行きは、飛行機とホテルを予約して、現地では自分の好きなように動くタイプの旅行なので、今、あれこれと計画を練っているところです。



ガイドブックやネットを眺めて、行きたいところを絞っていくワケですが、ここで
「いかに効率的に回るか!」
というところに囚われすぎると、詰め込みすぎてしまいます。


滅多に行けない海外旅行なんだから、できるだけ多くのものを見たい!と考えるのは当然です。
だけど、「ここに来た人がみんな必ず見るものですよー」みたいなものを自分も見たからといって、何になるのでしょう。

と、台北故宮博物院で白菜に群がる人を見て思ったので…。

みんなが見るものではなくて、わたしが見たいものを見よう。
というところを重視して、今回のローマでは行き先やコースを選んでいます。
「なんでローマに行ってあれを見なかったの!?」と後で絶対言われそうだけど、言われても別にいいや、自分が見たいものだけを見ますよ。



たとえば、ガイドブックに載ってたり載ってなかったりする程度の小さな教会に、素晴らしい絵があったりします。
大きな美術館で立派な絵を大量に見るのも素晴らしいことですけど、ああいうのは見ているうちにお腹いっぱいになるし、消化不良になって疲れてしまいます。
どっちかというと、小さな教会で、じっくりとひとつの絵を味わいたいと思っています。


旅行の話から少し離れますが…。
絵ではないけど書の展覧会でも、なんかすごく、見てて疲れる展覧会があるんですよ。
義務感で全部見たんですけど、あんまり心に残る作品もなくて…ってそれはわたしに見る目がなかっただけなのかもしれないけど。
小さな美術館で、15cm四方くらいの小さな色紙に書かれた書を数点見た時の方が、ずっとよかった。


ローマでも、自分専用のお気に入りの場所とかお気に入りの作品を見つけられたらいいなと。
そんなことを思いながら、疲れない旅行計画を綿密に立てています。