茶房日誌

烏龍の日記。Instagram ID: @oolongchai

紙に描く理由

最近はデジタルで絵を描く人が多いので、ツイッタなどでアナログ絵の話題を振ってもあまり反応がなくてさびしいですね。
でも、いくらさびしくても、更にもし友達が全員アナログで絵を描くことをやめてしまったとしても、わたしは紙に描くことをやめません。

以前は丸ペン1本で漫画を描いてたんですが、ジョジョ絵を描くようになっておもむろにGペンを使い始めて、なおかつ今頃になって「Gペンの使い方のコツ」などググって読んでほほーと納得してたりする有様です。
自分の絵が人からどう思われているかはわかりませんが、自分では、デッサン力も怪しいし、バランスも悪いし、そもそも線が汚いよなー、と思っています。Gペンできれいな線を描けるよう、これから練習していこうと思っています。

キレイな線を描きたいというならデジタルの方が簡単、というのはわかります。
でも、わたしは自分の手でキレイな線を引きたい。紙の上に自分の絵を描きたい。
PCのソフトを使いこなす技術者的な何かより、道具を使いこなす職人的な何かに、より強く惹かれているのかもしれません。

「デジタルなら、うまく描けなかったところを跡形もなく直せる」という利点も重々承知しております。
が、「デジタルならキレイに直せる」というところを利用するんじゃなくて、そもそも直す必要がない絵を描けるようになりたいのです。
それと、データとして絵を残すんじゃなく、紙という物的なものとして残したいっていうのもある。


アナログ画法の話で今も盛り上がってるスレがあるとなんだかホッとします。ここに仲間がいた!という感じで。
そんなスレで、いろいろとためになる話を拾うことができました。
「線を描くのは旋回運動。大きくは腕の旋回、小さくは指による旋回。旋回運動がうまくできていればキレイな線が引ける」
「ペン先は炙らない方がいい」
などなど。
「鉛筆で描くのとペンで描くのは全く違うことなので、鉛筆と同じように動かせばペンで鉛筆みたいな絵が描けるというわけにはいかない。ペンで描くのは彫刻刀で彫るのに近い」という話もあり、消しゴムはんこのことを思い浮かべて納得するなど。

「とにかく描きまくれ」みたいな抽象的な根性論もたまーに出てくるけど、そういうのはあまり役に立たないってみんなわかってるからスルーされる。
「なかなか上達しない場合は道具が合っていない可能性も高い。自分に合う道具に替えたら突然ウソみたいにうまく描けるようになった、という例も多い」といった合理的な話や体験談がたくさん読めてうれしい。
そういえばわたしも書道で「線がきれいになった」と先生に言われて、うれしかったんだけど、わたしはそれが自分の技術が上達したせいではなくて筆を変えたせいだっていうのをわかってたから、なんか申し訳ない気持ちになったんだった。
絵に関しても、もっと積極的に自分に合った道具を探すべきなのかもしれません。そうすれば線もきれいに引けるようになるかも…。


印象に残った部分のみ拾い書きしているのですが、もうひとつだけ。
とにかく闇雲に描いて描いて描きまくれ、というのはあまり効果的な上達法でないことはわかったのですが、それでも描く練習をすることは当然不可欠なワケで。
じゃあ、作品を描く前に、納得がいくレベルに達するまで練習するのか?同人誌作りたいけどうまくなるまで待つのか?……そうではないよ、という話。
「練習用の絵をいくつも描くより、本番の作品をたくさん描く。その方がずっと上達する」と。

わたしも結構、理想だけは高めなので(笑)、漫画作品として仕上げた時に、最初のうち露骨にヘタクソなのが後に行くほど絵がこなれてくる様子が読者にまるわかりになるのが嫌だったんですが、そういうことを言ってると作品を描き始めるための波を逃してしまう。
途中でどんどん絵が変わってもいいから、事前練習なんてテキトーにして、さっさと作品の執筆を開始した方がいいんだということ。
どうせ生涯上達を続けるつもりなんだから、「作品だけど練習」でいいんですよね。


長々とウンチクがましいことを書いてしまいましたが、結局言いたいのは、
「みんなも紙に絵を描こうよ」
っていうことだけなんですね。

道具次第でうまく描けるとか、素晴らしいじゃないですか。うまく描けるようになったら、Ctrl+Zとか使う必要もないし。PCがないところでも絵が描けるし。
もっと皆さんと、画材の話とかしたいです。よろしくお願いします。

広告を非表示にする